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妻沼聖天山界隈

歴史 地域

第49回 残されている霊場の姿 第8番蓮華院(四方寺)とその周辺

樹に抱かれた石碑

残されている霊場の姿シリーズは第5回目となりました。当初の予定通り回が進まない言い訳ですが、寺院が存続していても「幡羅郡新四国88か所霊場」の痕跡を見つけることができず調査が行き詰ってしまたことです。
今回も霊場として取り上げた第8番蓮華院も霊場の痕跡が発見できず、記事にならないと思っていました。ところが、県道359号線(新堀葛和田線)から四方寺地区に入ったところに、樹に抱かれた石碑とその先の畑の畦に立つ板碑に出会いました。この2つを加えてまとめてみました。

■第8番蓮華院と湯殿神社

第8番蓮華院

新編武蔵風土記稿の四方寺村の条に「湯殿山権現社 村の鎮守とす 別当蓮華院 新義真言宗 埼玉郡上ノ村一乗院末 湯殿山と号す 本尊大日を安ぜり」とあります。
現在は真言宗智山派に属し、一乗院(現熊谷市上之)の住職が兼務しています。

湯殿神社

湯殿山権現社は現在の湯殿神社ですが、「埼玉の神社」の中で、「古来、四方寺村の鎮守として奉斎されてきた。創建の年代は定かではないが、村一番の旧家である吉田家によって祀られたとの伝えがある」と記述されています。また、別当蓮華院も吉田家の庇護下にあったのではないでしょうか。経塚がそのことを伝えているかも知れません。

■樹に抱かれた石碑(経塚)

樹に抱かれた石碑(経塚)

県道359号線(新堀葛和田線)から四方寺地区に入ったところの道路の脇に、古木の根元の洞に石碑があります。古木の洞に祀り込んだ石造物はよく見かけますが、これは、石碑を後から生えてきた樹が抱き込むように成長したと思えるのです。
「奉読誦大乗経1千□ 寛保2年 吉田□□」(□は判読不能)と読み取れます。吉田家の当主六左衛門でしょうか。寛保2年ですから270年以上も前です。大事に子供抱いているようなので、見ていると不思議な気持ちになります。寺であった地元の人は「あれは経塚」と言っていました。

■隠れキリシタン像?

来迎印弥陀像板碑

この板碑は、インターネットサイト「板碑探訪記 東国の図像板碑2012.5.17」の記事に教えられました。
紹介されていた「武蔵国板碑集録三ー西北部ー千々和 実著」を埼玉県立熊谷図書館で閲覧したところ、確かにありました。
「四方寺路傍には、カクレキリシタン釈迦といわれる異様な形態の板碑がある。首部を宝形造りの屋根型にこしらえて、塔身には放光の来迎印弥陀像を線彫りしている」
非常に珍しいものと思っていたところ、荒川流域には弥陀来迎図像が他地域よりも多く現存する。その訳は、熊谷次郎直実(蓮生)が法然上人から贈られた弥陀来迎図が伝わったのではないかという指摘に、驚きました。

個人所有の畑の畦上にあるもので、かつ小さな板碑で、その線刻された像も薄くなり、たんなる石造物になりそうで心配です。

■第49回 残されている霊場の姿 第8番蓮華院(四方寺)とその周辺のスポット写真

案内図
樹に抱かれた石碑(経塚)
来迎印弥陀像板碑

作成日:2017/10/26 取材記者:mhennmi