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イッチン描の「鶴首形徳利」飯能焼原窯跡出土品
飯能市教育委員会1999『飯能の遺跡(27)』より転載
京焼:野々村仁清や尾形光琳・乾山等がデザイン・製作した陶器
飯能焼の絵付デザイナー「腰塚小四郎」の得意技とも言える筒書、イッチンは彼の創案でしょうか。筒書は竹筒のような容器から白土を注ぎ出して描き、イッチンは革袋や布袋に入れた白土を絞り出して描くものです。前者の白土の線は平面となり早書きに適しています。後者の線は丸みを帯び細かい模様や図案に適していました。飯能焼そのものは当時の高級陶器であった「京焼(※)」に倣い生産されたもので「地方窯」と呼ばれる窯場が各地で、関東では益子・笠間などが代表であり、飯能焼も大消費地「江戸」を意識して造られたようです。
さて、白土の線描きはもともと京焼の技法に見られるものです。飯能焼も他の地方窯と同じく高級陶器とされていた京焼の製品に近づけようとしたことが窺われます。小四郎は青年期に京焼の技法を学んでいたと考えてよいようです。小四郎は農民身分ですが、世襲の壁の高い職工となるには本人の意思と共に仲介者や援助者との関わり合いか気になるところです。江戸時代後期は各地で様々な産業の創業が試みられています。小四郎ものそのような気運の中、新時代を開拓しようとした一人なのでしょう。
ちなみに白土の描線を用いた京焼系統の地方窯は、飯能焼のほかに益子焼(栃木県)、丹波焼(兵庫県)、唐津焼(佐賀県)などが知られています。さらに、現在は飯能焼を引き継ぐ新たな窯場が飯能市域に開かれています。
住所 | 熊谷市千代329番地 |
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開館時間 | 午前9時~午後5時 |
休館日 | 土曜日・日曜日・祝日・年末年始 |
お問い合わせ | 048-536-5062(熊谷市立江南文化財センター) |
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作成日:2020/10/26 取材記者:江南文化財センター