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妻沼聖天山界隈

歴史 地域

追補編第6回 妻沼聖天山御開扉の歴史

平成30年妻沼聖天山秋季大祭時の仁王門前

妻沼聖天山歓喜院の秘仏ご本尊の御開扉(御開帳)が、平成31年(2019)4月16日から4月22日までの1週間行われます。(4月15日開白法会)
治承3年(1179)斎藤別当実盛公により開創さてから840年。聖天堂国宝指定後、初めてとなり、かつ平成時代の最終年という記念すべき時期の御開扉となります。
詳細な内容はまだ明らかにされていませんので、今回は妻沼聖天山御開扉の歴史をまとめてみました。

■御開扉(御開帳)

回向院で嵯峨清凉寺の出開帳の様子(浮世絵)

御開扉と御開帳は寺院によって使い方が異なりますが、意味は同じで仏教寺院が本尊をはじめとする仏像を、安置されている仏堂や厨子の扉を開いて拝観できるようにすることです。
妻沼聖天山は「御開扉」が使われていますが、以下「御開帳」の言葉で江戸時代からの歴史を見てみましょう。
御開帳には2つあり、本寺院で行う場合は「居開帳」、他所で行う場合は「出開帳」と呼ばれていました。
妻沼聖天山の歴史上の記録に残されているもっとも古い開帳が、延宝2年(1674)に江戸浅草で出開帳し、戻ってきて「居開帳」が行われていました。
江戸時代は御開帳が盛んで、なかでも信濃善光寺、嵯峨清凉寺・身延山・成田山が四天王と呼ばれ、出開帳の場所は本所回向院(現東京都墨田区両国)で行われ、多くの参拝者を集めたとあります。
*写真の浮世絵は、回向院で嵯峨清凉寺の出開帳の様子が描かれている。鳥居清長忌展覧会回向院HPより

回向院と並ぶのが浅草寺です。おそらく、妻沼聖天山は浅草で30日間ほどの出開帳を行ったのでしょう。(出開帳は幕府寺社奉行に開帳許可願を出す。延宝2年の正月に願いを出し、6月頃開催)

■妻沼聖天山の秘仏

御正躰錫杖頭
(みしょうたいしゃくじょうとう)

妻沼聖天山の秘仏は、国の重要文化財に指定されています。
「鋳銅製の錫杖で総高51.8センチメートル。中央に双身の歓喜天・二童子の像を鋳出し、柄の表裏の銘文から、斎藤別当実盛の外甥(がいせい)、宮道国平(みやじのくにひら)、実盛の孫実家(さねいえ)、実幹(さねまさ)によって建久8年(1197)に造られたことがわかります。」(熊谷市文化財HPより)
写真は厨子に納められている錫杖です。中央部の歓喜天は覆われていて、その姿を見ることはできませんが、御開扉の時には、覆われている錦がとられて拝することができます。

■妻沼聖天山の御開帳(御開扉)の記録

昭和12年開帳時の聖天堂

江戸時代
・延宝2年(1674)江戸での出開帳、後妻沼で居開帳
・享保17年(1732)3月11日~17日 554年 本殿竣工大開帳
・寛保4年(1744)3月9日~19日 566年
・天明6年(1786)3月10日~4月9日 608年
・文化3年(1806)3月4日~18日 628年
・文政元年(1818)3月1日~28日 640年
・天保7年(1836)3月(不明) 658年
・嘉永5年(1852)3月1日~30日 674年

明治時代
・明治20年(1887)4月3日~22日 709年
・明治35年(1902)4月2日~5月1日 724年

大正時代
・大正7年(1918)4月6日~20日 740年

昭和27年開帳時の地域の飾り人形小屋

昭和時代
・昭和12年(1937)4月4日~20日 759年
             飾り人形を地域ごとに作る
・昭和27年(1952)4月8日~20日 774年
             飾り人形を地域ごとに作る
・昭和53年(1978)4月1日~20日 800年

平成時代
・平成8年(1996)4月16日~22日 818年
・平成31年(2019)4月16日~22日 840年

■818周年(平成8年)御開扉日程

平成8年開創818周年時の
パンフレット

 ・4月15日 開白法要
 ・4月16日 開山良応僧都等代々住職追善法要
 ・4月17日 開基斎藤別当実盛公等物故信徒追善法要
 ・4月18日 大縁日奉賛信徒息災増益祈願法要
 ・4月19日 戦没者追善世界平和祈願法要
 ・4月20日 開基斎藤別当実盛公顕彰法要
 ・4月21日 三国祖師報恩法要
 ・4月22日 結願法要 奉賛信徒息災増益柴灯護摩火渡り祈願

平成8年整備の歴史探訪トイレ

広報めぬま(平成8年4月、5月号)に掲載の記事を参考に、関連の事業や行事を紹介します。

・斎藤別当実盛公銅像の建立
・めぬま歴史の道総合整備事業
 (遊歩道、歴史探訪トイレなど。
  総事業費1億1054万円内埼玉県補助金5400万円)
・聖天山宝物展
・美術家協会展、山野草展、お茶会
・空手、少林寺拳法、柔道、弓道などの武道大会
・天野宣&阿羅漢の和太鼓、小鹿野歌舞伎、竹間沢車人形の公演
・民謡民舞・練りこみばやしなど
・めぬまウルトラクイズ・ミニ四駆大会・地震体験車
・物産品・記念グッズの販売など

参考
・妻沼町歴史年表(平成7年2月10日刊)妻沼町
・妻沼史談(平成20年6月1日刊)妻沼地域文化財調査研究会
・ふるさとの思い出写真集(昭和56年2月15日)国書刊行会
・広報めぬま縮刷版Ⅲ(平成14年3月刊)妻沼町
・熊谷市史誌別編2妻沼聖天山の建築(平成28年3月刊) 熊谷市

■編集後記

妻沼聖天山開創840年の歴史資料の中から確認できた御開帳の記録は、江戸時代は8回、明治時代2回、大正時代1回、昭和時代3回、来年の御開帳含めると平成時代は2回となります。
江戸時代から大正時代までの御開帳の記録は妻沼町歴史年表で確認できたものの、関連する刷り物などがなく、その様子を伝えることができません。
しかし、昭和12年、27年時の古い写真から地域社会全体の熱気が伝わります。また、昭和53年、平成8年には、妻沼町や埼玉県の地域づくり事業も加わり、地域の一大イベントになった様子が分かります。
来年の840周年は、妻沼聖天堂国宝指定後初であり、かつ埼玉県、熊谷市による「聖天山周辺地区景観づくり」の計画や事業が実施されている中での記念すべき地域イベントです。
ですが、ラグビーワールドカップのPRで熊谷市全体が覆いつくされて、妻沼聖天山開創840年の一大歴史イベントの影が薄くなっているように感じるのは、門前町の住民のひがみでしょうか。

■追補編第6回詳細情報

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記事内容問合せ先 minoruhemmi@yahoo.co.jp

作成日:2018/11/21 取材記者:m.hemmi