くまがやねっと情報局

くまがやねっと > くまがやねっと情報局 > 連載中 > 熊谷市文化財日記 > 黒沢館跡・崋山が見た館跡

熊谷市文化財日記

歴史 地域

黒沢館跡・崋山が見た館跡

黒沢屋敷(『訪瓺録』所収)

黒沢館跡航空写真

熊谷市西部の三ヶ尻に黒澤氏の館があったといわれるところがありました。昭和58年、その場所は土地改良が行われることとなり、事前に記録保存するため発掘調査が実施されました。
その結果、台形を呈し、大きさは、堀の内側で、西辺39m、東辺57mの館跡であることがわかりました。南辺に直角に折れ曲がっている部分があり、東辺には虎口(こぐち:出入り口)が確認されました。この館跡について、文献を調べてみると渡辺崋山が記した『訪瓺禄』(ほうちょうろく)に「黒沢屋敷」として「瓺尻天王縁起に北條相模守入道高時の一族久留澤武蔵守平貞時と伝えるもの、居城の地なり」とありました。
熊谷市の三ヶ尻はかつて田原藩主・三宅氏の領地だったことがあり、田原藩の家譜(藩の歴史を記録したもの)を作るため、旧領地・三ヶ尻の調査を家臣である渡辺崋山が、天保2年(1831)に三ヶ尻に来て、まとめた本(報告書)が、『訪瓺禄』です。『訪瓺禄』には、「黒沢屋敷」として絵図もあり、その屋敷は、台形であり、虎口や折が描かれており、まさに黒沢屋敷であったことがわかったのです。

■参考

天正18年(1590)、徳川家康の家臣だった三宅康貞は、三ヶ尻を含む周辺の土地3000石を与えられ、領主となりました。三宅氏はその後、三河国挙母(ころも)(今の愛知県豊田市)に移り、さらに田原(今の愛知県田原市)に国替えになり、1300石の大名になりました。
田原藩13代藩主の三宅康直は、田原藩の家譜(藩の歴史を記録したもの)を作ることを思いたち、旧領地・三ヶ尻の調査を家臣の渡辺崋山に命じました。崋山は、天保2年(1831)に三ヶ尻にやって来て、およそ20日かけて村内各所を調査し、まとめた本(報告書)が、『訪瓺録』(ほうちょうろく)です。

■江南文化財センター

住所 埼玉県熊谷市千代田329番地
電話番号 048-536-5062
営業時間・見学時間 9時~17時(入館 16時30分まで)
定休日 土、日、祝日(12月29日~1月3日)
ホームページ 江南文化センター「熊谷デジタルミュージアム」へはこちらからどうぞ。
熊谷市の観光アプリ 「ここ☀くま スタートガイド」はこちらからどうぞ。

作成日:2016/10/03 取材記者:江南文化財センター