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妻沼聖天山界隈

~2019年迄掲載 歴史 地域

第42回 熊谷の聖天宮

熊谷聖天宮での祈祷風景

「熊谷宿の東の守護神が、ここの聖天宮。西の守りは石原の聖天宮だった」と熊谷聖天宮世話人の中島氏の言葉に興味が湧きました。
熊谷聖天宮の大祭日程を妻沼聖天山歓喜院鈴木院主からお聞きしていて、大祭当日は早めに会場に出かけ、熊谷聖天宮世話人会の中島氏から経緯など教えていただき、祭典の始まるの待っていました。
9月19日は晴天で、祭り日和でしたが、青空がまぶしいほど日差しは強く、町内巡行された皆さんは暑かったことでしょう。
今回は熊谷の聖天宮を取り上げてみました。

■熊谷聖天宮の由来

現在と古い時代を重ねた図

熊谷聖天宮世話人会のホームページを参考に由来を見てみましょう。
・本尊は大聖歓喜天、本尊の厨子に永正10年(1513)と
 銘記。
・室町時代の頃、当時の報恩寺の東、現在の本町2丁目22番地
 付近に建てられ、山門は旧羽生街道沿いにあった。そのため
 に、この付近は「聖天町」と呼ばれた。
 (現在と古い時代の位置関係が分かるように、図を作りま
 した。)

・その後(何時頃か不明)、報恩寺の境内に移され、長く寄寓していたが、昭和20年8月の熊谷大空襲の戦火を
 危うく逃れ、昭和27年、戦後の区画整理に従い現在地(熊谷市筑波1の7)へ遷座。
・昭和59年11月、宮の改修と庫裏を取り壊して集会所を建設。

■熊谷聖天宮のルーツ

熊谷聖天宮祭壇

熊谷聖天宮世話人会のホームページに提供されている古地図(昭和2年、下段スポット写真エリア参照)を見ると、高城神社の東に報恩寺、その東に「成田山」と表示されています。
「成田山」というのが、戦前まで熊谷聖天宮だったのか、調べてみることにしました。
まず、成田山という山号を持つ寺院を探してみました。
新編武蔵風土記稿の「熊谷町」には見つからず、「上村(成田村)」の条に「成田山泰蔵院萬福寺」「光明山一乗院無量壽寺」の2つ。一乗院は古くは成田山であったとあり、かつ聖天社を持っていました。
熊谷町の条には、聖天社、聖天宮の記述はなく、高城明神社(現高城神社)の記述の後に、稲荷社を持つ寺院で「菩薩院」という名の寺院があり、ちょっと手ごたえを感じました。
しかし、調べはここまででストップ。これ以上は専門家の指導を仰ごうと、熊谷市市史編さん室を尋ねました。
早速答えが出ました。
明治時代に調査が行われた寺院明細帳に記載がありました。
「真言宗醍醐派 菩薩院 武蔵国大里郡熊谷駅字聖天町 本尊歓喜天、不動明王」
この菩薩院が廃寺になってしまった後、成田山と呼ばれ、本尊歓喜天を護持してきたのではないでしょうか。
これはあくまで私の推測です。

■熊谷聖天宮大祭

おねりの風景

大祭は、宮の改修20周年を記念した平成16年(2004)に妻沼聖天山歓喜院鈴木院主を導師の下に始められ、現在に至っているとのことです。
大祭行事は、午後2時から、町内のおねり(御練り供養のこと)。
会場である現在の熊谷聖天宮から出発し、熊谷駅通り線に出て右折し、17号国道を右折。西に向かって直進し、市役所通り線を右折。市役所まで進み、更に北大通り線を進み、熊谷駅通りに至り、右折する周回のコースを40分ほど掛けておねりが行われました。
歓喜院副院主を先頭に山伏装束の僧の皆さんと世話人会の皆さんが、地域の繁栄と皆さんの諸願成就を祈願する行列で、市街地内では珍しい光景です。
おねりの後、聖天宮でご祈祷が執り行われました。
新編武蔵風土記稿で、大里郡や幡羅郡の聖天社、聖天宮は各村々で祀られ信仰されていましたが、明治の神仏分離令により、多くが廃されたり、名称変更を余儀なくされていました。
これまで護持されてきた熊谷聖天宮世話人会の皆さんのご努力に、敬意を表します。
・大祭日程 9月中旬(18日の縁日の前の土曜か日曜日)平成27年は9月19日

■西の聖天

残されている小さな祠

新編武蔵風土記稿の石原村の条に聖天社及び別当眞宗寺の記載がありますが、眞宗寺は廃寺になっていました。何か痕跡はあるかと、現在の石原地区に出かけてみました。17号国道沿いの西熊谷病院の南側地区は宅地開発中、既に道路や排水溝の整備が進み、社や祠など見当たりません。ちょうど地元の人に出会い、尋ねてみたところ、案内された場所は、開発真っ只中。しかし、小さな祠が残されていました。
「もうお祭りはやっていないよ」と、そっけない言葉。それでも、痕跡が確認できたので、掲載しました。

■参考

・新編武蔵風土記稿
熊谷聖天宮ホームページ

■第42回 熊谷の聖天宮のスポット写真

古地図1
古地図2
熊谷聖天宮集会所
おねり 市役所通り

作成日:2015/12/19 取材記者:mhennmi