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妻沼聖天山界隈

歴史 地域

第43回 さる(猿・申)にまつわるお話

摩多利神社境内の庚申塔

明けましておめでとうございます。今年も懲りずにご覧になっていただければ幸いです。
申年にちなんで、猿の建築彫刻や庚申塔などを取り上げてみました。

■猿の彫刻

日光神厩の猿の彫刻

「見ざる、聞かざる、言わざる」といえば、日光東照宮神厩の三猿の彫刻を誰もが思い浮かべるほどです。
三猿の表現は日光の専売特許かと思っていましたが、世界各地に存在しているようです。
日光東照宮には彫刻数で11箇所、頭数で20体の猿が彫られています。その猿の彫刻の意味を、「猿は比叡山の守護神日吉大社の神獣であり、陰陽道の鬼門の守護の役割を担っている」と宮元健治氏は『日光東照宮隠された真実』で述べています。
また、太陽神の神使いであることから、山の神になり、天界と地上を媒介する役割が、次で取り上げる庚申信仰などに結びついたといわれています。

聖天堂拝殿手挟の「びわに猿」

さて、妻沼聖天宮はどうでしょう。猿の彫刻を調べてみました。
奥殿板戸彫刻の「かいどう・猿」と「鷹・猿」、共に大作です。奥殿腰縁框付彫刻の「猿12体」と拝殿手挟の「びわに猿」が刻まれていました。
大工棟梁はどんな思いで、猿を配置したのでしょうか。興味が湧きます。
※鬼門・北東方向、裏鬼門・南西方向 

■庚申塔

弘法寺(熊谷市間々田)の庚申塔

路傍の石造物で、最も多いのが「庚申塔」です。最近では路傍で見かける機会が少なくなり、神社や寺院境内地にまとめられています。
トップの写真は、魔多利神社(熊谷市妻沼地区、妻沼聖天山西700mほど)境内の庚申塔です。
形の異なる4体の石造物。左から、
①文字塔(高さ125cm×幅37cm側面に池の上講中とある)、
 下部に道しるべの文字
②青面金剛像(高さ117cm×幅49cm下部に3猿図
③文字塔(高さ38cm×幅28cm)
④猿田彦大神(高さ38cm×幅28cm)

■庚申信仰

庚申信仰の掛け軸

庚申塔造立の背景を調べ見ました。
調べ始めて反省しています。とても簡単に説明できる代物ではなく、読んでいただいた方に、消化不良を起こさせてしまうことを承知で、書きましたのでご容赦ください。

【庚申(かのえさる・こうしん)の日】
庚申とは、十干十二支の60通りの組合わせの一つです。
その60の組合せの中で、なぜ「庚申」が特別なのでしょうか。
最下段の「陰陽五行説」の説明を参考にしていただきたいのですが、十干の「庚」は五行の「金」、十二支の「申」も五行の「金」で、金と金がぶつかり合って火が出るといわれ、非常に悪い年、日になります。これを忌避するために、特に「庚申の日」に禁忌行事を行うことが、平安時代から始まりました。
そして、道教・密教・神道・修験道などと複雑に混淆した信仰形態をとりながら盛んになっていきます。



【三尸(さんし)の虫】
中国の道教の三尸(さんし)の話です。
人間の体内に「三尸(さんし)の虫」がいて、庚申の日に天帝に人間の悪事を監視し報告するので、寝ずに過ごせば「三尸の虫」は体内から抜け出て報告できない。ということから、60日ごとに徹夜する習俗が、平安時代には朝廷行事になっていたようです。 

【庚申信仰の本尊青面金剛】
庚申信仰の本尊は「青面金剛」です。ヒンドゥー教の神様がルーツのようですが、仏教の天部の不動明王などと類似した姿です。夜叉神です。
写真の庚申信仰の掛け軸は、神仏混淆を端的に示していますが、描かれているものが多過ぎます。

掛け軸上部

【日輪と月輪】
掛け軸上部から始めます。
二十二夜や二十三夜待ちなどの習俗とも混淆して、次第に庚申待ちという行事になり、念仏講的色彩が強くなって、青面金剛の頭上部に日輪と月輪が描かれたものです。
※このシリーズ第31回聖天山境内二十三夜塔を参照ください。

掛け軸中部

【二童子と踏みつけれれている鬼】
青面金剛の眷属(仏に付き従うもの)の二童子。踏みつけられている鬼は三尸の虫。

掛け軸下部

【四夜叉、三猿、鶏】
青面金剛に従う四夜叉は、護法善神で、日光山輪王寺の夜叉門で見ることができます。
三猿は、図柄は小さいのですが、準主役です。「見ざる、言わざる、聞かざる」を、三尸の虫になぞらえて、天帝へ報告させない意味なのでしょうか。
・鶏は、鳴いて夜明けの時を知らせることと、「申」の翌日が「酉」だからという、単純な理由のようです。
 現代人にとっては、なんとも凄い信仰で、摩訶不思議の世界に引き込まれるようです。

■猿田彦神

猿田彦大神の石塔

江戸時代には猿つながりで神道の「猿田彦神」も加わり、庚申信仰は複雑かつ広がりを見せます。
不老長寿、子孫繁栄、五穀豊穣そして疫病退散のために、各地で庚申講が作られ、庚申塔が造立されました。その広がりを支えたのが修験道の山伏であったといわれています。
写真の猿田彦大神の石碑(高さ60㎝幅30㎝)は、取材者の自宅敷地の北東部(鬼門)に建つもので、大正12年に建てられたものです。

■聖天山の猿塚

聖天山境内の猿塚

最後は、妻沼聖天山境内の猿塚です。
昭和41年(1966)の台風は、妻沼地域にも大きな被害を及ぼしました。既に被害の痕跡はありませんが、この台風によって、聖天山境内にあったミニ動物園(現在はない)の猿小屋が倒壊し、飼われていた3匹の内、母子猿が犠牲になりました。その翌年に、供養のために猿塚が建てられました。
今回のテーマに沿っている話題であると思い、忘れられてしまった猿塚にスポットを当ててみました。
詳しい内容は、妻沼地域文化財研究会誌第3号に金谷俊夫氏が「小さな猿塚」と題し、寄稿されていますので、PDFファイルに全文を用意しました。

■陰陽五行説

今回の記事内容に関係する部分の補足説明
古代中国では、自然界のあらゆるものを「陰(いん)」と「陽(よう)」に分けました。
例えば、太陽は「陽」で月は「陰」、奇数は「陽」で偶数は「陰」。表が「陽」で裏は「陰」という具合に、「陰」と「陽」の2つの働きで説明する陰陽説。
万物の根源を、5つの要素「木(もく)」・「火(か)」・「土(ど)」・「金(ごん)」・「水(すい)」としました。5要素が循環することによって万物が生成され自然界が構成されるという五行説。これが結合したのが陰陽五行説です。
五行説の5要素は相互間に、相性が良い「相生(そうじょう)」相性が悪い「相剋(そうこく)」相乗効果を生む「比和(ひわ)」の関係があります。
以下、五行説の一部の関係を示しました。

五 行→   木     火        土       金     水
季 節→   春     夏       土用       秋     冬
十 干→  甲・乙   丙・丁      戊・己     庚・辛   壬・癸
十二支→  寅・卯   巳・午    丑・辰・未・戌   申・酉   子・亥
動 物→  虎・兎   蛇・馬    牛・竜・羊・犬   猿・鶏   鼠・猪

●庚申の関係
十干の「庚」は五行の金。十二支の申も金であることから、比和となり、金と金がぶつかり合って火が出るいわれ非常に悪い年、日になります。
●参考資料
・インターネット上の庚申信仰、青面金剛などの投稿記事を活用さていただきました。
・路傍の庚申塔 芦田正次郎著 慶友社
・石神信仰 大護八郎著 木耳社

作成日:2016/01/07 取材記者:mhennmi