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歴史 地域

第46回 伊奈備前守忠次と妻沼地域

満水の備前渠 福王寺橋付近(妻沼運動公園南側)

今回は江戸時代のテクノクラート伊奈備前守忠次と妻沼地域の関わりを取り上げてみました。
彼の功績の第一は、農業用水路「備前渠」の開削です。名前を冠した「備前渠」は現役の農業用水路として利用さています。
備前渠だけではありません。農業用溜池の江袋沼、利根川越水時の貯水機能として築かれた中条堤、そして社寺の再興など、その関わりの大きさに驚かされます。
今回は、この備前渠の開削をはじめ多くの功績を遺した伊奈備前守忠次と妻沼地域にスポットを当ててみました。

■伊奈備前守忠次のプロフィール

屋敷跡 伊奈町大字小室

伊奈備前守忠次を町名の由来とした伊奈町は、やはり関連するパンフレット、HP等充実しています。伊奈町役場に伺い、パンフレットや資料を頂戴してきました。
このプロフィールは、それらを参考にまとめています。
伊奈備前守忠次(1550~1610)は、武蔵野国足立郡小室(現埼玉県伊奈町)及び鴻巣において1万石を与えられ、関東を中心に各地で検地、新田開発、河川改修など行った戦国時代から江戸時代初期にかけての武将です。
江戸の繁栄をもたらし、農民に炭焼き、養蚕、製塩などを勧め、桑、麻、楮などの栽培方法を伝え、農民から神仏のように敬われました。関東各地には現在でも、その功績が残されています。
伊奈町の小室地域には、屋敷跡が残されていて、埼玉県指定史跡となって保存されています。
現地を訪れてみましたが、残念ながら案内板に「史跡内には民有地が多くあります。無断での立ち入らないようお願いします」の表示があったために、案内板の撮影のみで、史跡内の見学はできませんでした。

■日本酒 伊奈備前守「忠次」

日本酒 伊奈備前守「忠次」

限定酒「伊奈備前守忠次」銘の日本酒を、伊奈町観光協会が郷土の偉人の顕彰事業として販売していました。町役場近くの店で購入し、資料に目を通しながら愛飲。
その人物の出身地、居住地は顕彰活動を進めるものの、その恩恵を受けた地域では、功績を遺した人物の名前も、忘れらたようとしています。

■備前渠の開削

備前渠再興記碑公園

農業用水路「備前渠」は、慶長9年(1604)に伊奈備前守忠次の指揮の下に、20数キロの水路が開削されました。
現在の土木技術と異なり、すべて人力です。水路を開削する適所を探すために何度も調査し、夜に提灯の火を頼りに土地の高低差を測るなどを繰り返しました。開削作業は鍬や鍬などで掘り、もっこなどで土を運搬。事業期間は1年ほどで行われたと伝えられていますが、その短期間に驚かさます。
洪水、浅間山の噴火などの自然災害で、流路は何度も壊滅的被害に遭い、再開再興の歴史は、流域の各所に刻まれ残されいます。写真は、天保4年(1833)備前渠再興記念碑の碑文が風化してしまったことから、平成6年に復刻して、新たな碑を建立し、記念公園として保存されています。
場所は備前渠芝橋脇(熊谷市八木田 熊谷市妻沼第1浄水場隣接地)

■江袋沼

江袋沼の弁天社 

農業用溜池の江袋沼は、1600年頃(慶長年間)に、伊奈備前守忠次によって造られたと伝えられています。
沼は胃袋の様な形をしていて、中央部に突起部があり、その先端に弁財天を祀る祠がありました。
新編武蔵風土記稿に「辨天社 村の西溜井の中にあり、隣村原井村の鎮守にて、江戸東叡山不忍池生池院支配也」とあります。
確かに、上野の不忍池に似ていると思いましたが、誰が祀ったのか?伊奈備前守忠次が祀ったのでしょうか?
場所は熊谷市上江袋 上江袋コミュニティーセンターの西側

■中条堤

中条堤

「中条堤」(現行田市、熊谷市)は、中世から明治時代末まで埼玉平野を洪水から守る役割をしていました。スポット写真(利根川と各堤図)参照。
利根川の上流で発生した洪水は、「江原堤」(現深谷市)で一部が越流し中条堤へ向かい、対岸の「文禄堤」で阻まれます。更に、利根川と福川の合流地点の川幅が狭くなっていることから、俵瀬、葛和田、善ヶ島、日向などに越流した水が集まり遊水池化します。その結果、利根川下流部の洪水を防ぐことになりました。関東平野というより江戸を洪水から守ってきたといえます。明治43年の大洪水で破堤し、以後、利根川の連続堤防の整備により遊水機能の役割は終わりました。

築堤の起源は、はっきりしませんが、伊奈備前守忠次によって本格的に築かれたのでしょう。
「中条堤」以外に「四方寺堤」「善ヶ島堤」「雉子の尾堤」「江原堤」とこの地域内にあり、堤により恩恵を受ける地域と被害受ける地域の争いが続いてきました。
中条堤の長さ約4km、堤の高さ約5m。遊水機能は1億㎥といわれています。
現在でもそのまま堤は残され、堤の上に立つと広大な遊水地として水没した地域が見渡せます。
場所は、妻沼市街地から県道羽生妻沼線を羽生方面へ進み、熊谷市秦地区と行田市北河原地区の接する福川落合橋を渡ると右側に、利根川上流工事事務所が建てた案内板があります。その左側の照岩寺(行田市北河原736)が目標になります。

■第46回 伊奈備前守忠次と妻沼地域のスポット写真

備前渠案内板
福寿院前(熊谷市弥藤吾)
備前渠再興記碑(天保4年建立)
伊奈氏屋敷跡案内板
利根川と各堤「高崎哲郎著
天、一切ヲ流ス」使用図を参考
中条堤案内板

作成日:2016/09/11 取材記者:mhennmi