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第3回 『熊谷ルネッサンス』と金子兜太

金子兜太邸「熊猫荘」にて『熊谷ルネッサンス』の完成を祝う共著者(2017年12月19日)

山下祐樹・金子兜太『熊谷ルネッサンス―熊谷の歴史と文化遺産を結ぶ「道」―金子兜太「熊谷の俳句」』の巻頭言は、共著者でもあり俳人の金子兜太氏に記していただいた。今回はその巻頭言を掲載し、『熊谷ルネッサンス』と金子兜太、そして熊谷とを結ぶ「道」に思いを馳せたい。

■熊谷という「原郷」と漂泊の旅

 梅咲いて庭中に青鮫が来ている 『遊牧集』
 林間を人ごうごうと過ぎゆけり 『暗緑地誌』
 犬一猫二われら三人被爆せず 『暗緑地誌』
 夕狩の野の水たまりこそ黒瞳 『暗緑地誌』
 つばな抱く娘に朗朗と馬がくる 『詩經國風』
 牛蛙ぐわぐわ鳴くよぐわぐわ 『皆之』
 寒波山並われ腰立たず這い廻る 『皆之』
 たつぷりと鳴くやつもいる夕ひぐらし 『皆之』

これらの句は、小生が熊谷の地に住まいを構え、熊谷の風土や自然の中を歩み、語り掛け、さまざまな思いを込めたものである。梅がちらほら咲き始めた庭に青鮫が泳いでいるという想像の景は、青年期の戦地トラック島の体験と熊谷の早春を結び付けている。北武蔵の地、熊谷には荒川と利根川が流れ、赤城や浅間を望む。私がこの地に転居した頃には武蔵野の名残りの雑木林が多かった。その林間を歩いている人に、この土地の歴史を思い、背負ってきた運命を思う。そしてここに土地を得て住むようになった我ら夫婦の背負って来た、これからも背負う運命を思っていた。私は「ごうごう」の句を振り返り、そのように記した。
小生の「熊谷の俳句」の句碑建立に際して各句の解説を担当した氏も、その若さの中にあって、背負う運命を感じ、愛でるように熊谷の歴史や芸術文化を捉えたのであろう。その知と意識は同じくして埼玉新聞での連載「熊谷ルネッサンス」へと向けられたのである。古今東西の歴史や文化を通して過去と現在と未来をつなぎ合わせる試みには、「原郷」への愛着や懐かしきものへの憧れが含まれている。小生は人が社会という場に身を置きながらも安住せずに漂泊する状況を「定住漂泊」と表現した。熊谷の地を背負い漂泊する思索の旅。本稿の「熊谷ルネッサンス」はその足跡を記録したものと言えよう。
金子兜太

■第3回 『熊谷ルネッサンス』と金子兜太の詳細情報

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作成日:2019/10/04 取材記者:熊谷学ラボラトリー 山下祐樹