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熊谷・軽井沢・プラハ

地域 歴史 ~2023年迄掲載

第21回 国宝「歓喜院聖天堂」と民具資料の狭間を往来する。

熊谷市立江南文化財センター 山下祐樹 (熊谷市文化遺産研究会) 

■埼玉県熊谷市における文化遺産の保存と活用、その可能性を探求する

 ―熊谷地域における民俗資料の保存と「民藝運動」としての近世社寺彫刻文化の融合をめぐって―

熊谷市の代表的な文化遺産に挙げられる国宝「歓喜院聖天堂」と、民藝100年として注目を集める柳宗悦らによる「民藝運動」や渋沢栄一の孫の渋沢敬三が進めた民俗資料研究を端緒に再認識される機会が増えた「民具」に着目した2冊の報告書が刊行され、執筆・編集を担当した。
この調査研究では、熊谷の歴史を明らかにする貴重な文化遺産や地域的資料に対する再検討と合わせて、今後の活用や発信を含めた新たな「文化遺産」の方向性を構想する有意義な機会となったと考えている。今回においては、報告書の概要及び所収している内容の中で株式会社小西美術工藝社との対談を掲載し、文化財保護の立脚点から幅広く視野を広げる新たな可能性について示したい。

■1.熊谷市の文化遺産に関する調査研究報告書の刊行

『国宝「歓喜院聖天堂」の保存活用と文化財保存修理技術の継承を主題とした対談記録―埼玉県熊谷市・妻沼聖天山の国宝「歓喜院聖天堂」の保護事業とユネスコ無形文化遺産・保存修理技術に関する新機軸の探究を中心として―』(山下祐樹 編著)
主な概要:国宝「歓喜院聖天堂」を主題とした文化財保存技術の継承について、編著者の山下祐樹と妻沼聖天山院主・鈴木英全氏、「歓喜院聖天堂」の保存修理事業で彩色復元を担当した株式会社小西美術工藝社代表取締役社長・デービッド・アトキンソン氏との3件の対談を収録したもので、文化財保護の課題と政治経済との関連性などを織り交ぜた論点を提供している。

『埼玉県熊谷市における民具資料の基礎調査に関するアーカイブス集成― 埼玉県熊谷市(旧・江南町)が収蔵する民具資料データを対象としたデジタル・アーカイブスとその概要をめぐって ―』(山下祐樹 編著)
主な概要:渋沢栄一の孫であり実業家・民俗学者であった渋沢敬三が提唱した「民具収集の研究」を原点とした国内の民具研究に着目した上で、現在の熊谷市に合併した旧江南町が所蔵保存し、その後、デジタル・アーカイブスされた民具コレクションについて掲載し、民具保存の可能性について考察している。

■2.対談「建造物装飾における近代的人材育成をめぐって」

一般社団法人社寺建造物美術保存技術協会代表理事
(株式会社小西美術工藝社代表取締役社長) デービッド・アトキンソン
熊谷市立江南文化財センター 山下祐樹



●1. 国宝「歓喜院聖天堂」の保存修理とユネスコ無形文化遺産

山下(以下Y):熊谷市妻沼での国宝「歓喜院聖天堂」おいて、一般社団法人社寺建造物美術保存技術協会の技術研修を実施していただくことは、当文化財の担当者としても大変有意義なことであると同時に、とても喜ばしいことであると考えております。研修での報告や実践を通じて、学ぶことは多くあります。特に、日本画家であり国内の文化財絵画保存に尽力されている馬場良治先生などの貴重なご意見を拝聴することができ、幸いであります。今回は研修の要点部を再確認するとともに、「建造物装飾における近代的人材育成」という主題を掲げ、御意見やご提言を頂けたらと思います。

アトキンソン氏(以下A):「建造物装飾における近代的人材育成」については、いずれ文化庁の講座や月刊『文化財』などでも紹介するテーマでして、もしかしたら、この対談がその原稿や資料のベースとなるかも知れませんので、宜しくお願いします。

Y:国宝「歓喜院聖天堂」の平成の大修理では、当初の予定より期間が延長したという経緯があります。これは漆や彩色復元の工程が計画より時間的に必要となったことが理由でして、その際も高度な保存技術の存在を再認識しました。建造物の装飾技術の観点からも、文化財の保存修理技術が、ユネスコ文化遺産として「世界無形文化遺産」のリストに含まれることになり、国内での注目度も急速に高まりを見せているような気がしています。

A:現在、国内では、建造物の装飾技術がユネスコ無形文化遺産に登録されたことで、日本の伝統建築を支える技術が世界的にも無形文化遺産として認識されたことは、とても大きな進歩であるといえると思います。ただし、技術を有する技能者を育成するにあたって、日々やるべきこと自体にとりわけ変化はないといえるのではないでしょうか。

Y:そうですね。世界的な認知度も高まり、日本古来の技術などが注目を集めています。国内の社寺建造物の美術的側面と申しましょうか、装飾建築物の保存という観点からも、技術者の存在は重要であります。技術向上に向けて、日々修練を続けていることは意外と知られていない可能性もあります。今回の研修にも関わることですが、そうした技術者の取り組みを総合的に包括する組織である社寺建造物美術保存技術協会について教えてください。

A:社寺建造物美術保存技術協会は21社で構成されています。漆塗り、彩色、単色塗りいわゆる丹塗り、金具、剥落止めの5部門を有する、一般社団法人としての文化財装飾部門の修理を担う技能者集団です。国の指定文化財の装飾部門修理において、大部分のシェアを誇っています。

Y:現在でも多くの保存修理事業が国内で展開されているわけですけれども、「技能者」の存在が不可欠ですね。また刻々と社会情勢も変化する。こうした中で、協会としてはどのような取り組みを進めているのでしょうか。

A:平成29年から、各事業者が雇用する技能者を当協会の準会員として登録することで、代表者が中心であったものから技能者が基軸になる協会に変わりました。令和3年2月末現在で231名の技能者が登録されていますが、その狙いの一つは人材育成の徹底であると明言できます。

●2. 建造物装飾をめぐる保存修理事業と人材育成の課題

Y:人材育成の課題は国内の多くの業種でも同様な意見を聞くことがあります。それはもちろん熊谷の地でも同じです。かつては歓喜院聖天堂の建立や関連建造物の彫刻などに関わった林兵庫正信や石原吟八郎の流れがあったわけですが、今は直接的に現在の保存修理事業に関わる技能者は皆無で、弟子の系譜も断絶してしまった彫刻師の流れもあります。さすがに2世紀、3世紀を超えての系譜という捉え方には無理があるのかも知れませんが、伝統技術の継承は、特に今日において難しい状況にあると言わざるを得ません。

A:「伝統技術の継承」を口癖にする人は多いのですが、それを実現するには、いうまでもなく、若い人を積極的に雇わなければ、実現できません。人材育成を論じる前に、まずは、育成するための人間が必要であると考えます。この業界では当たり前のように思われていますが、私が実際にこの業界に入ったときには、若い人があまりにも少ないことに驚きました。と同時に、若い人を雇ってもいないのに、人材育成、技術の継承を論じる人が多いことにも違和感がありました。正直、理屈と行動が合わないことが多いとも言えるのかも知れません。当然ながら、若い人抜きで人材育成を論じることは無意味であり、それでは技術は継承されないということなのです。

Y:若い世代の人々を技術継承の担い手としてお願いするためには、その世代に関心を持たせることや、雇用という形態をどのように準備するかなど、一概には示せない課題があると思います。

A:少子化の下で若い人を新規に雇用することは容易なことではなく、それなりの努力が必要です。お金と手間を伴うので、事業者にとってはかなりの負担となります。また、昔と違って、若い人は気軽に辞める傾向が年々強くなっていると感じられ、せっかく雇って育成しても、辞めてしまえば事業者にとっても、無駄になることも多い。長期的に見れば必要不可欠ではあるが、短期的に考えると、人材育成を怠りがちになる気持ちも理解できます。

Y:文化財保存や建造物の補修に関わる人材育成は、現在においては国・県・市の保存修理事業のように、事業の委託者や発注者が会社組織や比較的規模の大きい団体である必要があり、その下請けに技能者を持つ小規模の団体がある。こうした中で、限られた予算の中で、この技術の継承のために関わるメリットに疑問を感じる人もいるように思います。継承のための人員に事業予算を当てても、花開かないままで、頓挫してしまう。場合によっては若手が辞めてしまうということもあるように推察します。

A:確かにそうした事例は多くあります。辞められてしまう理由の一つに、昔ながらの職人気質にみられる固定概念も、少なからず影響しているように感じます。例えば、未だに「見て盗め」という言葉を耳にします。この言葉が意味することは、「育てる」ことではなく「自ら育つ」ことと解釈ができます。「見て盗め」ということは、何をどうするかを教えるのではなくて、黙って見ながら、やり方を自分で考える自主性に期待し、そのことを基本としてきたということなのです。

Y:「見て盗め」という日本の伝統技術の特色が長らく続いてきたということも影響しているのかも知れません。同じ無形でも伝統芸能や無形民俗文化財の保存という手法にも変わらず、生き続けていると考えられます。若い世代への継承という部分には、熟練世代から自ら寄り添うという、新たな視線に立った方法も必要です。何百年も引き継いできた方法を維持する意義もありますが、そこには柔軟性が薄れてしまう傾向があるなど、簡単に答えを出すことは難しいですね。

A:私も同じ考えです。今の状況にある伝承の方法にはいくつかの問題があります。まずは、今の時代、価値観の違いから従来通りのやり方に納得しない若者も多い。学校同様に丁寧に教えてもらうことを常識としている世代なので、教えてもらっていないことを辞める理由にする人も多い。つまり、そういうことなのです。

●3. 社会情勢の変化と「時間」という概念<

Y:現代の効率化した社会や世の中の認識では、時間を以下に短縮して学ぶかといった風潮もあり、その中で時間の流れが徐々に早くなっているような気がしています。しかしながら、伝統技術の継承という主題からすると、時間を可能な限り重ねた方が良いという考え方もあります。技術伝承に効率性を用いることは正しいかどうか、判断することは至難ですが、時間は有限であることは誰しもが懐く共通の価値であり、意識であると思います。

A:「見て盗め」では、当然、技術の習得に時間がかかってしまいます。より効率的に教えることで、技術の継承を早くすることができるという実験結果もあります。この業界でも、「一人前になるために10年はかかる」といわれますが、なぜ10年なのか。これといった根拠は必ずしも存在しません。しかし、10年はかかるといった前提だから、技術の習得に10年もかけて継承をすることが多い。そういう状況なのです。
漆塗りを例にすると、基礎的な技術を習得するのに10年かかることが前提で長い年月をかけて育成されていることが普通ですが、実際にやろうと思えば5年でできることが分かってきました。もちろん、熟練した高度な技術に達するまでには、経験を積みながらおそらく10年はかかると思われますが、きちんと効率よく教えれば、技術はより早く習得できるということなのです。

「国宝の極彩色 乾燥劣化進む」
東京新聞 2017年12月15日

Y:漆塗りの継承は大変興味深い事例ですね。10年という期間は旧例のある意味、厳格な修練の時間と考えるとすれば、5年の育成という期間は、若い世代からすると現実的な感覚を持つことになると思います。どちらが適当かという議論になると、立場によって解釈は異なることになるでしょう。

A:日本人の平均寿命は昔に比べてかなり延びているので、教える側が高齢化すればするほど、育成が難しくなります。それは、教えるべき本人がその技術を遠い昔に身につけて、それが当たり前のものになっているので、教えてもらったときのことはあまり覚えていないし、効率のよい教え方も分からないと思います。だから、「見て盗め」になりやすいのではないかということです。よって、あまり歳の離れていない、近代的な人材育成を経験した人に教えてもらった方が伝わりやすいことが多いと思います。一般企業と同様のピラミッドができている方が現実的に技術も伝わるではないか。そう感じています。

●4. 新たな育成システムをめぐる検討

Y:技術継承の時代変化の中で、ご指摘のように会社組織のような育成システムの中で、国内の保存修理事業という実践に立ち向かっているのが、例えば小西美術工藝社のような会社組織の取り組みかと思います。そうした点からも、同様の会社や技能者組織をまとめていく社寺建造物美術保存技術協会の存在意義は年々増していくように考えますが、具体的な研修及び育成の方策などありましたら、解説を含めご紹介ください。

A:当協会は、1年生から10年生のために研修カリキュラムを組んで、令和3年度から順次実施することとしています。各部門に委員会を設けて、それぞれの技能者向けにカリキュラムが作成されるので、習得がしやすいのです。技術の習得や確認はもちろんのこと、それ以外の必要な知識に加えて、国が定めている関係する資格の取得も盛り込んでいます。
重要なのは、研修結果を認定制度に繋げた上で、その認定が文化財修理の入札条件になることを目指すことにあります。当協会は、初級、中級、准上級、上級の技能者認定制度を実施しています。上級技能者は、原則16年以上の経験に加え、最たる技術をもって、現場責任者として相当の文化財修理を問題なく納品することができた者であり、審査の結果認定されるというもので、当協会の最高技能者であると評価できます。現在、45名が認定されています。

Y:かつての徒弟制度とは異なり、研修カリキュラム明確な技術基準に照合させた上でそれぞれの技能レベルにおける認定制度は、その性質も価値判断も明確であり、若い世代にとっても、このように技術向上を図れば良い、このように技術の伝承を積み重ねれば良いというような意識を共有することができるのではないでしょうか。

A:先程話したように、若い人を募集し、実際に雇って育成することは、将来の修理を担保するために求められるわけですが、事業者としては、かなりの負担がかかります。現場に若い人を抱えるほど、仕事の品質管理と効率性を維持することにも並々ならぬ努力と膨大なコストがかかるのです。熟練した技能者だけで仕事をした方が、確実で安く済む上に楽であるが、それは、一方で、技術継承を放棄する行為でもあります。

●5. 保存修理技術の質的向上と今後の役割



Y:地方の文化財保護を担当している我々にとって、実は仕事の品質向上という観点は受注業者に委ねることしかできないというのが現状です。建造物や装飾彫刻の保存修理に対して設計監理を行う文化庁の登録組織に一任するだけではなく、行政が監修的な責任を持つことは確かであります。そうした中で、行政から施工業者に対して技術向上を求めるということは容易ではなく、まさに仕事を的確に担うための技術確保については、現場で保存修理を担う技術者に委ねるしかありません。現状での公契約規則等に基づく入札制度などでは、仕様書に仔細で更には高度な内容を記載することによって、求めるべき技術の維持は可能になるのかも知れませんが、技能者の技術的レベルを把握することは難しいといえます。

A:実際に願うところ、入札の場合、工事の規模と内容に沿って、例えば、最低制限価格を設定し、入札参加できる事業者を当協会の会員、施工を当協会の準会員、現場責任者には当協会の上級技能者の常駐を条件にするといった規定を加えることも方法の一つです。
研修を重ね、技術を磨き、なおかつその技術が当協会で認められている人が認定を受けた体制が入札参加の条件に加わるという方法もあります。そうして初めて、皆研修に必死になり、この仕組みが生きてくるというものです。

Y:そうした入札上の試みが全国的な保存修理事業の根幹に据えられるとすれば、文化財の保存技術の確立が進むと思います。的確な人員配置と、それによる技術力の活用によって、建造物や装飾彫刻の保存技術という一般的には理解が難しい部分の情報公開が可能になるのかも知れません。専門的組織に全て委ねるが、その具体的な方策が見えないという課題の中で、技能者のカリキュラム研修をはじめとした修練機会の拡大が、入札のような制度的にも、市民目線の社会通念的にも、熟練技能者の役割を明確化するのではないかと思います。

A:文化財修理は趣味のレベルではなく、誇り高き仕事であります。入札の場合、極論をいえば、最低制限価格がなければ、できるだけ人件費のかからない若い人で、技術が不十分な体制で臨む方が価格競争に勝つことができるというものです。一方で、技術を磨いた熟練の技能者を抱えている事業者ほど負けやすく、倒産するというジレンマがあります。人口が減少する中、技術の継承と適切な価格の両立のために、条件付きの入札制度と研修・認定制度の両輪は人材育成の鍵であることを十分に理解して、実行することを真剣に考える時期であると思います。ユネスコ無形文化遺産になった今だからこそ、技術の継承にあたり、人材育成の具体像が必要と考えています。

Y:文化財の保存修理事業に関わる技能者と、ユネスコ無形文化遺産になった文化財の保存修理技術の狭間にある諸課題に向き合う対談となりました。特に近代的人材育成という観点から、今後取り組む必要のある方策について印象的な提言があったように思います。新たな知見や学びとともに、私自身も文化財担当者の末端として探究を続けたいと考えています。以上で研修会における対談を終了したいと思います。本日はありがとうございました。

■熊谷市民具アーカイブス



名  称 マンゴクトオシ
用  途 米や麦などの穀類の選別に使われた農具。
     一度に大量の穀物を選別できることから、また商品として販売効果が上がるようにとの期待から、
     その名が付けられた。
使用年代 江戸時代
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名  称 ザグリ
用  途 繭から生糸を紡ぐ器具。取っ手を回すと、糸枠が回る構造。
使用年代 明治時代~大正時代

■第21回 国宝「歓喜院聖天堂」と民具資料の狭間を往来する。のスポット写真

「国宝の極彩色 乾燥劣化進む」
東京新聞 2017年12月15日
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歓喜院聖天堂 大羽目彫刻の修理・彩色塗り直し
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歓喜院聖天堂 大羽目彫刻の修理・彩色塗り直し
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熊谷市民具アーカイブス
マンゴクトオシ
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熊谷市民具アーカイブス
ザグリ

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作成日:2022/02/15 取材記者:哲学・美術史研究者 山下祐樹