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熊谷・軽井沢・プラハ

地域 歴史

『熊谷ダイナミズム』が辿り着いた場所、そして目指す先にあるもの

『熊谷ダイナミズム』を持つ著者

日本代表なでしこジャパンに選出された
「ちふれASエルフェン埼玉」ミッドフィルダーの
祐村ひかるさん

2020年1月~2021年3月の期間で埼玉新聞の県北版に掲載された熊谷の文化とスポーツの歴史を融合させた連載「熊谷ダイナミズム―息づく動の記録」を一冊の本にまとめた書籍、山下祐樹『熊谷ダイナミズム―躍動する人類史と熊谷に息づく「動」の記録を探し求めて』(埼玉新聞社、2022年3月9日刊行)が企画出版された。

■「熊谷ダイナミズム」連載最終章

【アートとの融合】
熊谷の俳人、金子兜太氏は「林間を人ごうごうと過ぎゆけり」という俳句で、雑木林の狭間を往来する熊谷人の生き生きとした姿と力強さを描いた。
原始時代から始まる熊谷の歴史は、この地で生活した人々の動きによって受け継がれてきた。人類の動的な文化は、古きものを今に伝え、未来に託すという日常の繰り返しによって生み出され、強さや速さ、距離や高さ、正確性や美を追求する競技へと進展した。
この連載では、「踊る埴輪」を始点に、祭礼を盛り上げる伝統の技芸、多様なスポーツ競技、修練し高みを目指す身体的な芸術などに着目した上で、熊谷の「ダイナミズム」を探求し続けた。国宝「歓喜院聖天堂」の彫刻、遺跡出土品、絵画、写真、郷土芸能、俳句など「動」の記憶を示す有形・無形の歴史遺産と対話しながら、新たな視野に立つ記録化を目指した。
今の時代を開拓する熊谷のダイナミズムについて想起すると、身体の動きとアートの融合というテーマが見えてくる。2020年、俳優の森山未來さんのショートフィルム監督作品「in-side-out」が、熊谷の塩古墳群などで撮影された。ダンスと舞踊の演出が、
                    熊谷の風景と交差し、鮮明な印象を与えている。
日本とルーマニアの母国を拠点に国際的な制作を進める現代美術家のスクリプカリウ落合安奈さんは、夏の風物詩「熊谷うちわ祭」の躍動感にインスピレーションを受け、先進的な作品を発表した。熊谷の歴史文化や自然と、人間の動的なイメージを重ね合わせ、現代のアートとして表現する試みは、世界に向けた情報発信の可能性を有している。
新型コロナウイルスの感染拡大により、東京五輪・パラリンピックが延期されるなど、スポーツ大会や祭礼も中止縮小を余儀なくされ、人々の動きも抑制される傾向が強まった。新たな生活様式の必要性を前に、多くのスポーツ文化や伝統芸能は大きな転換点にある。
今回で熊谷ダイナミズムの旅は終幕を迎えるが、今後も熊谷人の根源にある情熱的な「動」の息吹を意識し、独自の方法で表現したいと考えている。そして、私は塩古墳群に立ち、跳び上がった。新たな旅が始まることを想像しながら。

■ 『熊谷ダイナミズム』 不安の先を照らす一つの「灯」

高階秀爾(美術史家・大原美術館館長・東京大学名誉教授・日本芸術院院長)

人間の生そのものである動的なテーマは、原始時代の壁画を発端として、ギリシア・ローマ時代の数多くの芸術的所産のほか、ルネサンス期の壮麗な美的関心や、それ以降における西洋と東洋の枠を超えた美術作品群において、重要な意義を有してきた。
人間の動的な側面に対する関心は、近代の多様な芸術革新の潮流と現代のモダンアート、新たな技術の誕生と高度な派生に基づくコンテンポラリー・アートの分野で、大きな役割を果たしている。このように芸術と技術を媒介として、人類のダイナミズムとも表現できる美術史が継承されたのである。
今までスポーツ競技史と美術的検討の融合を主題とした上で、スポーツの文化性を論じる考察は少なく、芸術的観点と社会学的知見の境界にあると思われる障壁を行き来する研究は限られていた。 

表紙デザインは、著者が自ら描いた絵画群を
組み合わせてデザインした。

このような研究史の中で誕生した本書「熊谷ダイナミズム」は、新たな方法で新境地を開拓する意欲作である。埼玉県熊谷市という郷土の歴史に基づき、その中にある「動」の文化を抽出し、独特の気風ある文脈によって描き出されている。調査研究と執筆を通じて探求を続けた著者の歩みからは、強い意志と信念を感じることができる。
東京オリンピック・パラリンピックの前夜、我々は困難なコロナ禍にあった。それは一種の失意と絶望を含むようなものであり、現在も終息には至っていない。オリンピック・パラリンピックの中止論が叫ばれた一方、結果的には記憶に残る大会として終了した。本書は、このような状況の中で生み出された宿命と向き合う、一つの道標的作品なのである。
今という時代にコロナ禍という危機があった。しかし、人々は過去の時代を想起し、未来を信じ、今この瞬間を走り続けた。踊り続けた。その時代の瞬間と瞬間を永続的なものにしようと挑んだ記録である。著者が思索した「生きる」とは何かという回答であるのかも知れない。そして、新たな時代に向けた不安の先を照らす一つの「灯」なのだと称揚したい。

■熊谷市文化遺産研究会

お問い合わせ 熊谷市立江南文化財センター 電話番号:048-536-5062
ホームページ 「熊谷市文化遺産研究会」ホームページはこちらからどうぞ。
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作成日:2022/09/17 取材記者:哲学・美術史研究者 山下祐樹