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熊谷・軽井沢・プラハ

地域 歴史 ~2023年迄掲載

第27回 一里塚インスタレーション「青の歴史」

一里塚インスタレーション「青の歴史」と作者

 埼玉県熊谷市新島の「一里塚」での休憩用ベンチが、インスタレーション(空間芸術)として作られ、地元で話題を集めている。
 江戸時代初め、幕府が日本橋を基点とした主要街道の整備事業として、街道上の距離を示すため、1里(約4㎞)ごとに塚が造られた。塚の近くには、樹木が植えられることが多く、各地に「一里塚」の大木が残されている。

2009年6月
ケヤキが健全だった時期の新島一里塚

 熊谷市新島地内に所在する中山道の「一里塚」は、「新島の一里塚」と呼ばれ、日本橋から16里目に位置している。
 熊谷市内には、ほかに久下及び曙町に一里塚がある。土盛りされた塚の形状が残されているのは新島の一里塚のみで、1954年に熊谷市の文化財史跡に指定されている。通常、一里塚には「榎(エノキ)」が植えられることが多いとされるが、新島の一里塚には大きな「ケヤキ」があった。
 しかし、2010年9月及び2018年9月の豪雨により、一里塚のケヤキの枝が折れ、樹木の大半が失われた。その後、熊谷市は樹木の補修を行ったが、樹勢は復活せず、倒木の危険性があった。地域住民の要望もあり、2019年秋に伐採した。
 その後は、新たな植樹は行わず、塚の周辺の整備に限られていたが、2022年に、新たな樹木が自然に育ち始めたことが確認された。
 近年、中山道を散策する人々が増えていることから、地元では休憩するための場所づくりや、人々が気軽に来訪できる工夫をして欲しいとの要望が上がっていた。

 一里塚を管理する地元の新島自治会は、市の文化財担当者で現代美術家としても活動している山下祐樹氏とともに、空間づくりの検討を始めた。山下氏からは、「インスタレーション」と呼ばれる空間芸術・デザインの方法が提案され、2022年12月、廃材の石を休憩用のベンチとして配置し、石の表面を青色に彩色した。
 山下氏は「一里塚を引き立てる石の配置と彩色を目指して、デザインした」として、インスタレーション「青の歴史」と命名した。

 石造りの穏やかな雰囲気の質感に、鮮烈な青を吹き込む技法は現代空間芸術の手法でも多いが、江戸時代以降の日本の歴史と密接に関わりながら、その文化財の保存のためにアートを活用したインスタレーションという試みは大変興味深いものがある。日本の街道文化を世界に発信するための意欲的な作品と評価できる。

(現代美術評論家・デルフト工科大学 アルキスティス・ロディ)
翻訳追記:山下祐樹 

■関連資料

■第27回 一里塚インスタレーション「青の歴史」のスポット写真

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作成日:2023/01/17 取材記者:哲学・美術史研究者 山下祐樹