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地域 歴史 ~2023年迄掲載

第25回 本因坊文裕と熊谷

―「本因坊戦」熊谷対局と国宝「歓喜院聖天堂」、そして新たな歩み―
写真:第77期本因坊戦第2局。会場となった熊谷ラグビー場での本因坊文裕との再会。

第72期本因坊戦前夜祭

 2012年5月18日、国の文化審議会が妻沼聖天山本殿の「歓喜院聖天堂」が国宝指定の答申を出した。その4日後に東京スカイツリーが開業していることも記憶に残っている。「歓喜院聖天堂」は同年7月9日の官報告示正式に国宝指定された。2003年から2010年にかけて「平成の大修理」と呼ばれる屋根の葺き替えと彩色修理を中心とする大規模な保存修理事業が行われた。
 私はその事業の最終の3年間に関わり、その後、文化庁からの依頼を受けて「歓喜院聖天堂」の国宝指定に向けた調査研究を担当した。約1年間、文化財建造物としての特質性などを考察しながら、国宝指定に相応しい基礎資料の収集や報告を進め
                      てきた。
 その頃、2011年、熊谷では囲碁界で最も伝統あるタイトル戦の「第67期本因坊戦」の誘致を進めており、2021年5月28日、29日に熊谷市妻沼の「聖天山歓喜院」で開催されることが決定していた。
 この際、国宝指定の答申が本因坊戦より早い時期に発表されるかどうか、歓喜院の担当者である私として気を向ける事案となっていた。国宝に内定した場所での本因坊戦となれば、対局そのものに華を添えることができるのではないかと考えたからである。

橘守国『絵本故事談』第二巻
「七福神」の項目の挿絵

 「歓喜院聖天堂」の奥殿彫刻中央には、七福神の布袋、恵比須による囲碁打ちの場面が描かれており、修復前、囲碁の板面の色彩は残されていなかったことから、元禄10年(1697)6月26日に行われた熊谷出身の熊谷本碩と本因坊道策の棋譜を再現することが保存修理委員会の協議で決定し、復元が果たされた。これを機に、歓喜院が所在する熊谷での本因坊戦の開催に向けた道筋が定まったことになる。
 その本因坊戦では、山下道吾本因坊に井山裕太天元(当時)が挑戦するという構図で、熊谷対決では井山天元が勝利を飾った。その後、7番勝負の最終局まで要する激戦となり、結果は井山天元が本因坊を奪取することになった。この本因坊就位から、11連覇の偉業が始まることになる。
 5年後の第72期本因坊戦では、2017年6月8日、9日の日程で、再び「聖天山歓喜院」が対局会場となった。この対局を前に、私は国宝「歓喜院聖天堂」調査研究の一端について発表するに至った。
 それは「歓喜院聖天堂奥殿彫刻『囲碁』などの題材となった絵画作品についての考察」と題して、彫刻の原資料となった図案に関する内容であった。正徳4年(1714年)に狩野派の絵師、橘守国が挿絵を描き、山本序周が著した『絵本故事談』八巻9冊の二巻にある「七福神」の部分に示された挿絵が、歓喜院聖天堂の囲碁彫刻との原典となった可能性が高いことを示したものであった。
 この際の本因坊戦では、熊谷対局を含め井山本因坊(本因坊文裕)は本木克弥八段を4連勝で降し、防衛6連覇を果たしている。なお、その前夜祭で、私は囲碁彫刻の原典について紹介する機会を得たほか、2012年の熊谷開催以来となる井山本因坊との再会をすることができた。

熊谷ラグビー場での再会

 そして5年後の2022年、再び熊谷での本因坊戦が実現し、対局会場は「歓喜院」ではなく、2019年にラグビーワールドカップ会場となるなどラグビータウン熊谷を象徴する場所、熊谷ラグビー場で開催されることになった。
 対局の前日、本因坊文裕及び挑戦者の一力遼棋聖らは、本因坊戦の熊谷開催の原点となった国宝「歓喜院聖天堂」を参拝し、歓喜院の鈴木英全院主による祈願が行われた。祈願後、囲碁彫刻を含む極彩色彫刻を拝観する際には私が解説を担当した。
 また、熊谷での本因坊戦と合わせて、囲碁彫刻の再現主題となった本因坊道策との棋譜を残した熊谷出身の棋士・熊谷本碩の研究を本格化させることを発表した。このことは囲碁の街としての熊谷の歴史文化を再認識することを目的として、今後も継続的な研究を進めていく予定である。
 熊谷対局では前回の金沢対局での激戦を引き継ぐ中で、本因坊文裕が勝利を収めた。そして後の対局も4連勝で、前人未到の11連覇を果たしたのである。
 国宝指定から10年、平成の大修理以降、歓喜院聖天堂の担当者として継続的な保存の方策を探求し続けている。こうした中で熊谷での本因坊戦と関われたことは大変貴重な経験となった。国宝指定の時期に幸いにして行われた対局で本因坊を獲得してから10年もの歳月が流れ、本因坊文裕はその間、本因坊を防衛し続けて今に至っている。本因坊文裕の活躍が励みとなり、国宝建造物を守り続けるという私の意識を支え続けていることは明らかである。
 囲碁と文化財、立場や領域は異なれども、今この時代に生き、目の前にある仕事と真摯に向き合うことの意義を改めて感じさせる5年ぶりの再会となった。11連覇の偉業は、不安な時代を照らす一つの希望となっている。

■参考資料

調査研究報告「歓喜院聖天堂奥殿彫刻『囲碁』などの題材となった絵画作品についての考察」
 熊谷市立江南文化財センター 山下祐樹
 >>PDFファイルはこちらからご覧いただけます

「熊谷本碩・第四世本因坊道策の棋譜をめぐる考察」
 熊谷市立江南文化財センター 山下祐樹
 >>PDFファイルはこちらからご覧いただけます

■第25回 本因坊文裕と熊谷のスポット写真

■熊谷市文化遺産研究会

お問い合わせ 熊谷市立江南文化財センター 電話番号:048-536-5062
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作成日:2022/11/01 取材記者:哲学・美術史研究者 山下祐樹